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NPO会報第26号(42号)

      NPO移植への理解を求める会 会報第26号       


愛媛の移植40年記念講演会

11月・宇和島 福田康彦先生(広島)がご講演

e0163729_14444015.jpg今年は臓器移植法が平成9年7月に施行されてから20年を迎える節目の年ですが、愛媛県の移植関係者にとっては、もう一つ記念すべき年に当たります。

すなわち昭和52年12月、市立宇和島病院で県内初、四国でも初めての腎移植が実施されてから、40年を迎えることです。

当時、同病院の院長だった近藤俊文先生(現名誉院長)や泌尿器科医の万波誠先生(現宇和島徳洲会病院泌尿器科部長)らがこれまで移植医療の推進に奔走され、愛媛県を全国有数の移植先進県に育て上げられました。おかげで多くの患者の皆さんがその恩恵を受けてきました。

先生らに感謝込め祝賀会も

そこで、えひめ移植者の会と、当会が推進母体となっているNPO法人移植への理解を求める会では、県内で移植医療に関わってこられた先生方やスタッフの方々にあらためて感謝の意を表し、下記の通り、記念講演会と祝賀会を開くことになりました。

 ぜひ多くの皆さんにご出席いただき、ご交流いただければ幸甚です。        

と  き 11月26日(日)午後1時~4時

と こ ろ ホテルクレメント(JR宇和島駅ビル)

内  容 講演会 午後1時~2時

      講師 福田康彦先生(医療法人たかし会理事長・尾鍋外科病院院長)

演題「愛媛の移植40年に思う」(仮)

       祝賀会 午後2時~4時

 費 5、000円(講演会は無料)

 催 えひめ移植者の会、NPO法人移植への理解を求める会、

問い合わせ えひめ移植者の会事務局 野村まで 

携帯090-7626-0240 FAX 089-978-5434

 <福田康彦先生略歴> ふくだ・やすひこ 昭和18年10月、山口県柳井市生まれ。同43年、広島大学医学部卒業。同医学部第二外科助教授、同臨床教授などを経て、平成15年、県立広島病院副院長(救命救急センター長、腎臓総合医療センター長兼務)。同21年、JA広島総合病院院長、同24年、同名誉院長、特別顧問。同25年から医療法人たかし会理事長・尾鍋外科病院(広島市)院長。広島県で草分けとなる臓器移植に携わる傍ら、消化器外科、血管外科、透析の専門医としても数多くの手術を手掛ける。医学博士。著書に「腎移植の知識」など。

 新聞報道から                     

 昭和52年12月21日、市立宇和島病院で愛媛県内初、四国でも初の腎移植が行われたことを報じた愛媛新聞の翌年1月25日付記事と執刀した万波先生の紹介記事(いずれもコピー)を入手しました。その内容をご紹介します。(記事では移植者の男性とドナーの母親を実名で紹介していますが、個人情報のため、伏せました)

  四国で初のジン臓移植 

宇和島市立病院で母親から青年へ

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 宇和島市立病院(西河直院長)で、このほど四国でも初めてのジン臓移植手術が行われた。尿毒症の青年に母親から摘出したジン臓を移植したところ、拒絶反応も起きず、経過は良好。二月下旬には退院して社会復帰できる見通しとなった。

 ジン臓移植手術を執刀したのは同病院泌尿器科の万波誠医長(三七)。手術を受けたのは東宇和郡明浜町の団体職員Aさん(二)。四、五年前に慢性糸球体ジン炎を患い、尿にタンパクが出るなどジン臓機能が低下。昨年五月ごろには尿毒症を併発、体がむくんだり、ちょっとした運動で息切れがするなど重症となった。このため同病院で受診してすぐに入院、人工ジン臓で透析を受けていた。このままでは社会復帰が困難なため、万波医長のすすめで手術を受けることを決意した。

 同病院では昨年12月上旬、Aさんと母親(五六)=健康体=からそれぞれ採取したリンパ球を混合して培養。約一週間たっても培養液に拒絶反応が見られなかったことから、母親のジン臓を摘出することに決めた。

昨年十二月二十一日、Aさんと母親が同病院三階の手術室で、まず母親の左ジン臓を摘出。洗ったあと、Aさんの右側腸骨部(盲腸付近)にそう入、血管や輸尿管などを結び合わせ、手術は約五時間で終わった。そのあと拒絶反応を弱める副ジン皮質ホルモンなどを投与して、経過をみた。

母親のジン臓はAさんの体内でも正常に働き、尿を分泌しはじめた。手術から1カ月たった今でも拒絶反応が起こらず、Aさんは普通の人と同じ体に回復。

万波医長によると、急性の拒絶反応は術後三カ月以内に、慢性のものも五年以内に発生する可能性がある。今は少しずつ拒絶反応をおさえる薬を減らしている段階で、二月下旬までは入院が必要。三月以降は職場で平常勤務ができ、酒もたばこも飲めるようになるという。

人間にはジン臓が一対備わっているが、片方だけで十分機能が果たせる。母親も十二月末に退院、普通の生活を送っている。ジン臓移植は四十年ごろ、拒絶反応を防ぐ薬が開発されたため、成功例が増えているという。

万波医長の話 同僚の土山憲一医師が免疫反応を調べ、投薬に注意してもらったので、うまくいった。手術後の十日ほどは〝いつ拒絶反応が起きるか〟と心配して夜も眠れなかった。Aさんは薬の作用で体に抵抗力がない状態。もうしばらく様子を見たい。




<スポットライト> ジン臓移植手術を執刀した万波誠先生

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「手術そのものは、そんなに難しくありません。だがジン臓手術が少ないのは、拒絶反応に対す抜本的な方策が未開発だからなのです。今回の移植はやむにやまれないものでした。入院患者(二九)が諸条件から長くは人工透析が受けられないこと。本人は移植を希望したことなどで最善を尽くそう-と手術をしたわけです」と謙虚そのものの答え。

 「手術の前に一週間ほどかけて、ジン臓提供者の母親(五六)=健康体=と患者の間で、拒絶反応の有無を調べました。幸運にもほとんど拒絶反応があらわれなかった。患者にも手術に耐える体力がありましたから…。今回はイムランとプレドニンという薬で拒絶反応を抑えましたが、同時に患者の病原菌に対する抵抗力もおちています。早く良い薬を開発してほしいものですね」と願っている。

ジン臓機能に障害が起き、透析(人工ジン臓使用)によって、延命している人は多い。移植の成功はこれらの人にとって大変な福音になっている。

 岡山県に生まれ、山口大学医学部卒。山口県徳山市立病院に一年間勤務したあと、四十六年から宇和島市立病院泌尿器科に勤めている。白衣を着て〝医者らしく〟ふるまうのが嫌いな性格。白衣姿は手術や回診のときだけ。「どうも、これだけは〝拒絶反応〟がありまして…」と笑う。

 真冬でも裸足にスリッパばき。古い荷物用の自転車で通勤。クシを入れない頭に、岡山弁まる出し。患者と間違われることも多い。

 岡山県閑谷(しずたに)高校在学中は野球部のレギュラー。一塁手で四番を打っていた。現在でも病院の三番バッター。宇和島ではスキューバ・ダイビングを覚え、ボンベを背負っては宇和海に飛び込んでいる。研究熱心。「気合が入った」お医者さんである。三十七歳。





 講演要旨                                                 

中国の「臓器狩り」について

国際人権弁護士 デービッド・マタス先生

e0163729_14534203.jpg私も他の調査者も、中国は数十万人の規模で移植用臓器を収奪するために良心の囚人を殺害しているという結論に達している。主な犠牲者は精神修養を基盤とした気功である法輪功の学習者だが、ウイグル人、チベット人、家庭教会の信者も含まれている。大量の証拠にあたり導かれた結論である。われわれが発表した数冊の本や原稿は数百ページにのぼり、脚注は数千項目に至る。

臓器狩りを通して大量虐殺が行われているという結論に至った数多くの証拠のなかの一つとして、その予防措置が中国内外で一切取られなかったことが挙げられる。移植技術を開発し広めた者は、それが良心の囚人を殺害するために利用されるとは想像もしなかったと確信する。このため予防措置はなかった。

われわれの最初の研究報告が発表される前は、中国への移植ツーリズムは一般に公表されているビジネスだった。ブローカーは中国での移植を手配すると広告を出し、エージェントは中国への移植ツアーを促進した。中国の保険制度はインターネットに価格表を出していた。われわれの報告書が発表されても、移植ツーリズムは続いた。彼らは地下に潜った。ウェブサイトは撤去され、広告は停止され、価格は個々に交渉されるようになった。移植ツーリズムはクチコミのビジネスと化したのだ。

数十億ドルのビジネス

無視できない大金が絡んでいる。中国への渡航移植は数十億ドルのビジネスである。多くの病院の主な資金源となっている。渡航移植から得られる収入は、日々の経営と職員への給与支払いのために、欠かせない状況にある。

中国での臓器狩り停止の動きは中国国内の中国人の手で行われるべきである。外部者は中国国内のことを事実上変えることはできない。しかし、外部者の助けは欠かせない。もし、今日中国国内での臓器狩りを停止するように要求したら、逮捕され無期限に拘束され、殴られ、拷問を受け、批判を撤回するという文書に署名させられることだろう。

外部者はそのようなリスクを負わない。安全な場所から中国共産党に説明を求めることができる。中国国内にいる者ができない批判を、この自由と安全を利用して行うべきだ。しかし、中国での臓器狩りに対する国外からの共犯を停止することは、別の話だ。共犯の停止は完全に私たちが左右する。私と他の調査者は、各国を訪問し、共犯を防ぐために積極的に関わってきた。

2016年の最新報告書のためのリサーチでは、デービッド・キルガーもイーサン・ガットマンも私も、特に日本に焦点を当てたわけではない。しかし、中国の病院に焦点を当てていく中で、日本に関する多くの情報が表面化した。

▼多い日本人の渡航移植

 日本人が中国の病院にいくと、日本語で全てのサービスが賄われることに気づく。中国の移植センターの訪問者は、日本人の患者を多く目にしている。中国の病院のホームページに掲載されている医師の履歴から、医師の多くが日本で移植の養成を受けていることが示される。多くの移植研究の報告書は日中の共同研究によるものである。

日本の移植医は中国の大学で講義するよう招へいされ、中国の移植医は日本の大学で講義するよう招へいされている。日本の移植医は中国での移植会議に参加し、中国の移植医は日本での移植会議に参加している。

日本移植学会の倫理指針には、国外での臓器狩りに共犯する問題に通り一遍の取り組みしか見受けられない。受刑者または死刑執行された者からの移植の禁止と臓器の売買の禁止は規定されているが、中国の移植専門家との関わりや移植ツーリズムに関しての患者へのカウンセリング、移植ツーリズムに関連する患者からの要請についての具体的な倫理的指針は見受けられない。

国際移植学会では、中国の移植医との交流に関して倫理基準を詳細に規定している。養成に関しては、「養成を受ける者が出来る限り(国際移植学会の倫理指針に示された)基準に従うことを意図して臨床上の仕事に取り組むように注意を払うべきである」としている。会議については「処刑された囚人からの臓器や組織が用いられたレシピエントのデータもしくは検体に関わる研究の提示は受け入れるべきではない」という基準が設けられている。

渡航移植の報告制度を

研究に関しては、「臨床研究の協力は、処刑された囚人からの臓器や組織が用いられたレシピエントに関与しない研究である場合のみ考慮すべきである」という基準である。中国でのイベントへの参加は、「このような参加が、処刑された死刑囚からの臓器を用いる移植を促進するものではないよう、できる限りの注意を払うべきである」とする。

一貫している指針は「国外の医師が中国の相手が臓器狩りに関わっていないと納得できる場合以外、中国の移植医と関わらない」というものである。しかし、中国の臓器移植における透明性の欠如を鑑みて、「納得」に達することは事実上不可能である。

臓器売買と移植ツーリズムに関するカナダ移植学会・カナダ腎臓学会の指針声明では、移植を要する患者へのカウンセリングで「臓器のために個人が殺害されている」国もあると忠告するよう勧告している。医療記録に関しては、カナダの指針声明は「国際的な人権基準を侵害する制度下で行われる臓器狩りを支援するために使われるという確信があり、患者もしくは臓器源に危害を加えるかなりの危険性がある場合、個々の医師は、患者の医療記録を患者に提供しない選択をとることができる」とする。処方に関しては「医師は購入された臓器の移植に使われる薬剤の処方もしくは薬剤入手を助けるべきではない」と勧告する。

日本移植学会が、国際移植学会の指針やカナダ移植学会・カナダ腎臓学会の方針を採用する必要はない。しかし、これらの機関が規定・勧告する問題を考慮すべきである。日本の長尾敬・衆議院議員が厚生労働省に「日本から何人の患者が中国に移植を受けに行くのか?」と質問したところ、「分からない」という返答だった。

渡航移植した患者を医療関係者が医療制度に報告することを義務付けるべきである。こうすることで、厚生労働省は中国に渡航移植に行く日本人の数を把握することができる。現在、報告制度はない。自主的な報告制度もない。

低い臓器狩りへの認識

日本では、中国での臓器狩りに対する一般の認識は低い。その理由の一つに日中記者交換協定が挙げられる。同協定は1964年に締結され、1968年に更新されている。1968年の合意は会談メモに記載された方針に基づくものだった。会談メモでは政治三原則を確認している。一つは中国に非友好的な態度を取らないことである[1]。日本のメディアは、この原則に合意しなければ、中国に事務所を設置して記者を送り込むことは許されない。

記者交換協定は日中貿易の取り決めを基盤とするもので、1973年に失効している。日本の外務省によると、197415日、これに代わる記者交換の取り決めを締結した。この取り決めの文書は一般に公開されていない。

1974年の取り決めが公表されていないため、中国に非友好的な記事を発行してはならない義務が今日まで続いているかは不明だ。続いているとしたら、記者でなく発行者への義務であろう。記者は好きなことを書けるが、発行者はそれを報道する必要はない。この場合、なぜ記者に記事を報道しないのかを説明する必要もない。1974年の取り決めのために、中国を批判する記事を発行者はボツにしているかもしれない。しかし記者がこの事実を知っているとは限らない。

1974年以前の中国に対して非友好的な報道はしないという義務が、形式上は継続しなかったとしても、その精神は受け継がれた。数少ない例外を除いて、日本のメディアは中国共産党が反中と捉える内容の報道は避けるという精神に浸け込まれている。

中国共産党は自己を中国とみなし、党への批判があれば、はばからずに反中というレッテルを貼る。臓器狩りの調査には、このようなレッテルが貼られた。

日本のメディアは沈黙

本当に中国が嫌いだったら、中国国内で無実の者が大量に殺害されていることには無関心でいられる。しかし、国家が組織化する中国での移植狩りに関する証拠は党に悪いイメージを与える。党にとってこれが一番重要な点である。その結果、日本では中国での臓器狩りに関する記事は、ほとんど存在しない。

この報道の欠如は、一般の認識の欠如につながっている。移植を必要とする人々、医療関連機関の職員、移植関連の職員の間での認識が欠如している。この報道と認識の欠如も、移植ツーリズムに対する移植倫理をぞんざいにする理由の一つである。

一般の認識を高める手段は、メディア報道だけではない。20166月、鎌倉市議会は中国政府が人権を向上させることを促す意見書を通過させた。人権侵害のリストの中には「国家による法輪功学習者からの強制臓器摘出」が記載されている。日本の他の地域の議員(逗子、名古屋、広島)も同様の行動を起こそうとしている。

市議会の意見書が、中国の臓器狩りを停止させることはできない。しかし一般の認識を高めることはできる。移植を要する人々のほとんどは、無実の人々が臓器のために殺害されていることを知ったら、中国への渡航移植を思いとどまると私は確信する。

「あえて見ようとしない」態度は、「無知」に輪をかけたものだ。中国での臓器狩りについて知らない者の中には、知りたくないから知らない者もいる。調査報告を読むことを拒否し、中国共産党のプロパガンダを繰り返し、調査内容を一蹴する。

中国での移植狩りがより広く知られるようになれば、「あえて見ようとしない」ふりをすることも難しくなる。中国での臓器狩りに対する日本での一般の認識を高めることは、国会議員、医療職員、移植医、患者の行動の前提条件である。

(6月18日、愛媛県男女共同参画センターで開かれた、NPO法人移植への理解を求める会とえひめ移植者も会合同の記念講演会から)

報第26号

(通算42)2017年

1020日(金)発行

発行者 NPO法人移植への理解を求める会  理事長 向田 陽二

798-4101愛南町御荘菊川2290    電話085-74-0512

編集者                  副理事長 野村 正良

       〒791-8006松山市安城寺町1746-8    電話089-978-5434

発行所                  事務局長 河野 和博

       〒790-0925松山市鷹子町9282     電話089-970-3943




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by shufukujin-kaihou | 2017-10-21 14:56 | NPO会報第26号(42号)