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NPO会報第33号(通算49号)


      NPO移植への理解を求める会 会報第33号       


  日本ではなぜ臓器移植が進まないか


  ~釧路生命倫理フォーラムで考えたこと

                   市立宇和島病院名誉院長 近藤 俊文先生


本題に入る前に、一般的に生命倫理が抱える問題について述べておきます。

〇生命倫理の党派性について

 倫理は人類一般に共通の基礎を持っていると錯覚されやすいのですが、現実はそれと真逆のようです。民族、部族、宗教、国家などの見地からしても、矛盾撞着摩擦に満ちています。子細に見れば、同じ宗教、宗派の中でさえ「倫理は一つ」(モラル・ユニティ)は成立しません。

 例を「臓器マーケットの可否」に取って考察すると、プロテスタントは腐敗したローマカトリック教会に反抗する運動から出発したキリスト教改革派ですから、プロテスタントには「臓器提供は市場原理に従ってマーケットでやりとする方が現実的かつ倫理的だ」とする倫理学者がいるのは納得できます。

 もちろん、それに反対を唱えるプロテスタント学者もいます。ところが、鉄のカトリックにさえ、強力に臓器マーケットを主張する倫理学者がいます。「マーケットの方がカトリシズムからしても倫理的なのだ」と主張しているのです。

 日本文化、特に仏教にも深い洞察を持つカトリック倫理学者マーク・チェリーがその人です(拙著「日本の腎不全患者に明日を」第8、9章、以下拙著と略す))。彼はまたモラル・ユニティはないとも主張しています(星野一正「生命倫理-日本と西洋の比較」)。


〇生命倫理の「倫理と論理」

 では、生命倫理には党派性しかないのでしょうか。本当にモラル・ユニティ、つまり普遍的倫理はないのでしょうか。もし、あるとすれば、それを担保する論理はどのようなものでしょうか。大変重要な問題ですが、、ここで取り上げるには紙幅が足りなないので、簡潔に私的見解のみを申し上げます。

 私はホモ・サピエンス(現生人類)に共通な倫理(論理)があり得ると思っています。それは単純に、モーゼの十戒、仏教の仏戒、儒教道徳の規律から共通項を抽出して調和させれば、道徳の最大公約数が得られるとプラグマティック(実用的)に考えています。


〇生命倫理を日本史上にどう位置づけることができるか

 日本人の倫理観を規定する思想としては、儒教、仏教、神道の三宗教があります。拙著では、仏教についてはある程度検討しましたが(第9章⑧)、神道と儒教については、ほとんど触れていません。倫理は政治イデオロギーと密接な関係があります。政治権力こそ、特定の論理を強要するからです。

 ここで、詳細に述べる余裕はないので、概論的に要約すると、神道は垂加神道(天皇信仰)、仏教は日蓮宗(田中智学イズム)、儒学は水戸学(尊王攘夷)を検討するのが手っ取り早いと思っています。この三原理は今なお、日本人の倫感に直結しているからです。

 結論は簡単です。これらの倫理宗教思想から、現代医療倫理学のゴールデン・ルールである欧州的尊厳概念とか、アメリカ憲法的自己決定権(オートノミー)が流出することは絶対にないと断言できます。

 1)なぜ日本は臓器移植医療の構築に失敗したのか。

 さて、本題に入りますが、この問題は大変根が深く、簡単には説明しきれないのですが、拙著で縷々解説はしたつもりです。ここでは拙著で十分触れなかったことについて、いくつか補足的に述べてみたいと思います。

 まず、構築失敗の決定的モーメントとなった札幌医大での和田心臓移植の背景について考察しましょう。


〇日本人は、いつ欧米流の現代臨床倫理を受容したのか。

 私の実体験から言えば、90年代中ごろと結論付けてよいのではないかと思います。インフォームド・コンセントや、病院の倫理委員会が定着するのが、そのころです。

 生命倫理などが医師の念頭になかった1991年、東海大学病院で安楽死事件が起きました。医療倫理原則の知識もない主治医は適切な指導医もいない混乱状態の中で、家族の安楽死要求を受け入れた結果、かわいそうに殺人犯にされてしまったと言われています。

 和田心臓移植が行われたのは、東海事件より23年も前の1968年でした。帝国陸軍が消滅して13年しかたっていません。和田教授は大正10年生まれで、昭和19年、医学部卒だから、軍歴はなかったでしょうが、帝国陸軍の軍陣医学の中にどっぷりと浸かって医学を勉強したはずです。だから、医学研究という正義のもとで、何の躊躇も罪悪感もなく脳死患者をでっちあげて、必要のない移植手術を行ったのでしょう。


〇帝国軍陣が育てた戦後日本の医療風土

 和田移植のバックグラウンドをもう少し掘り下げておきます。私が医学校を出たのが1958

(昭和33)年です。新米の私に臨床の手ほどきをしてくれたのは、ほとんどが軍隊帰り、つ

まり軍医さんたちでした。強兵をつくるために厚生省が設けられ、量産された医学専学校で軍

医に仕立て上げられて戦場に送り込まれた方々も多かったのです。

 日本帝国の軍陣医学がどのようなものだったのか、もうほとんど話題にもならなくなった

731部隊(関東軍防疫給水部本部、通称石井部隊)について考えてみます。

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整列した石井部隊の研究者たち(2018年、NHKスペシャル)


 この部隊は京都帝国大学病理学教室の石井四郎氏(正式所属は軍医学校教官、ちなみに岳父は学

習医院院長で枢密院顧問官を歴任した京都帝大総長、荒木寅三郎)が中心となって設立され、満州

の関東軍参謀部や満州医科大学と協力して細菌・化学兵器、低温軍陣医学の研究、細菌散布を実践

に用いた研究などを行ったとされています。そこでは多くの非日本人が、目をそむけたくなる、人

道上許されない人体実験の材料に使われていたことが暴露されました。彼らは人間ではなく「マル

タ(丸太)」として扱われたのでした。

そして悪者は石井四郎一人ということを、私どもは聞かされていました。

ところが調べてみると、京都関係者だけでも、後年のステータスですが、戸田正三金沢大学学長、吉村寿人京都府立医科大学学長、田部井和京都大学細菌学教授、岡本耕造京都大学病理学教授、石川太刀雄金沢大学がん研究所長など、そうそうたる学会指導者層が石井部隊の関係者だったことを知りました。彼らが京都・日本海側地の戦後医学界の重鎮として、医療界を指導していたのです。

 明治維新後は天皇の膝下に、陸海軍武官は参謀本部と軍令部、文官は東京大学補学部を頂点とするヒエラルヒー(ピラミッド型の階層)を構築していました。維新史を少しかじっていた私は石井部隊が京都帝大だけで完結するはずはないと睨んで調べてみると、案の定、東京帝国大学も深く関係していました

 特に長与又郎総長は親しく、731部隊に関与していたとされていたことが分かりました。それだけではなく、膨大な予算を持ち、日本中から研究者を動員し得た石井部隊が陸軍参謀本部の了解なしに機能することは考えらえません。

 歴史書を繙くと、これらのことが、たちどころに分かったのには驚きました。石井氏の独壇場と聞かされてきた「関東軍防疫給水部」は天皇の発する軍令「陸甲第七号」に法的根拠があったのです(常石敬一)。

 それだけではありません。石井氏は陸軍統制派の大物、永田鉄山軍務局長と直接接触を持っていたとされてもいました。

 「軍令」であれば、天皇直々の勅令とあって、総理大臣も統帥権の外に置かれ、軍部のやりたい放題が可能になるのです。軍部の暴走をチェックする装置が、そもそもなかったことになります。

 この軍令システムを創造したのが、伊藤博文に対抗した山県有朋であり、その法的根拠は伊藤がつくった帝国欽定憲法の天皇大権だったという、ややこしいが、なんだか滑稽感もある日本近現代史を象徴する経緯でした(伊藤は「公式令」を伊東巳代治に創設させて軍の暴走を抑えようとしたが、失敗に終わっています)。


〇和田移植の呪縛と臓器移植法というブレーキ

もちろん、和田移植のほかに、医師会、医学会、医療行政府の失敗にも目をそらすことはできません。しかし、とどめを刺したのは1997年の臓器移植法施行でした。

これらの問題については拙著で詳述しているので割愛します。しかし、あえて申し上げると、厚労省は日本には脳死患者はいないと規定し、例外として臓器提供をする場合だけ、忽然と脳死患者が現れるという、非論理的法論理を国民に強制しているのです。 


 2)なぜ、イスタンブール宣言の党派性を問わないのか。

 私は、イスタンブール宣言はブッシュ・ジュニア大統領のカトリシズム(テオコン)に主導されたのではないかと、強く疑っています。21世紀に入って、アメリカ共和党の右派思想集団(いわゆるネオコンとテオコンなど)は資本主義が共産主義に勝ったと錯覚した揚げ句、傍若無人にイスラエル右派と提携して、終わりのない新しい戦争を中東で始めました。

 アメリカ国内でブッシュ・ジュニアがエバンジェリカルズとカトリックの票に大きく依存していることは周知の事実で、その医学倫理における影響は拙著でも指摘したところです。

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イスタンブール宣言に政治的にかかわったのが、時のアメリカの国連大使ジョン・ボルトンだと、私は解釈しています。トランプ大統領の最高の政治顧問だったボルトンは、今は干されていますが、国連でカトリック的移植倫理推進の采配を振るいました。

 そのボルトンの下で、イスタンブール宣言を準備して成 功させたのがカトリック倫理に忠実なハーバード大学の移植教授、フランシスコ・デルモナコとカリフォルニア大学バークレー校のナンシー・シェパー=ヒューズ教授です。

オーガンズ・ウオッチを主催するアクティビストのナンシーがプロ・カトリックと断定するまでに時間がかかりましたが、今ではこの解釈に、私は自信を持っています。ナンシーはフランシスコと共著で、カトリック雑誌に臓器マーケット反対論を展開しています(拙著133ページ)。

 国連でのボルトンらの運動を具体的にフォローすると、   

 2001年、ブッシュ・ジュニア大統領当選:生命倫理に

カトリック指針を強要。

ジョン・ボルトン氏      2002年、デルモニコとシェパー=ヒューズが連名で臓器売買反対論文を「ナショナル・カトリック生命倫理学」(季刊誌)に発表(前述の共著論文)。

 2005年~06年、ボルトン国連アメリカ大使在任(議会の反対で就任が遅れる)。

 2005年? シェパー=ヒューズ、WHOの移植コンサルタントに就任。

 〃 ?  デルモナコ、WHOの移植コンサルタントに就任。

 〃    非公開WHOの移植会議がジュネーブで開催され、イスタンブール会議を準備。

 2008年 イスタンブール会議でイスタンブール宣言を採択

 【イスタンブール宣言】 「臓器取引と移植ツーリズムに関するイスタンブール宣言」の略称。2008年、国際移植学会が中心となってイスタンブールで開催された国際会議で採択された宣言。臓器売買、移植ツーリズムの禁止、自国での臓器移植の推進、生体ドナーの保護を提言している。
 この宣言を受けて、日本では臓器移植法の改正論議が高まり、2009(平成21)年に15歳未満の臓器提供を認める改正法が成立、2010(平成22)年7月に施行された。


3)なぜ、各国の身の丈に合った移植が全否定され、犯罪扱いされるのか

 中国共産党による法輪功信者(拙著285-291ページ)や新疆ウイグル独立主義者からの臓器略奪移植は、どのような倫理解釈からも許されないのは自明の理です。

 拙著「第10章ヒエラルヒーのなかの腎代替療法」で検証したように、各国にはそれぞれの歴史的、社会的、経済的、政治的な条件がいわば先験的に存在するわけで、各国、各社会はその与えられた条件に合わせて、それぞれの移植医療を構築してきた歴史があったはずです。

 その中でも、臓器売買移植の中心地と見られていたフィリピンについては、粟屋剛先生(岡山大学名誉教授=生命倫理学)の先駆的研究もあって、私には、医療としてのそれなりの合理性があるように思えていました。

デ・ラサール大学のダニロ・ティオング教授(生命倫理学)の言説を読んでからは、フィリピンでの腎売買は、もう少し工夫をすれば臓器市場の一つの在り方ではないかと考えるようになりました。

しかし、超大国に媚びるフィリピン当局は一挙にこのシステムを廃棄させました。私に同国のスラム住人のうめきが聞こえるように感じます。


4)日本の腎移植希望者が犯罪者の犠牲になっている現実

 移植医療について長年、精力的に取材、執筆活動を続けておられる作家でジャーナリストの高橋幸春氏によると、イスタンブール宣言以後の日本の腎移植希望者が国際移植犯罪組織と連携しているといわれる日本人の食い物にされている現実に恐怖を禁じ得ません。

マスコミのメジャー・ストリームも日本の臓器移植法の非論理的脳死既定の問題も含めて、一切この現実に目をつぶっています。

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5)遠い将来の希望的予測

 私は、臓器提供は善意による無償のものと、適切な謝礼金をドナーに渡して提供していただくものと、両方を併用するシステムがよいと考えます。どちらを選択するかは提供者サイドに優先権があります。

 適当な政府機関が専買者として臓器を集め、日本臓器移植ネットワークが公平適切に配分することが可能だと思っています。移植マーケットの理論的な問題は拙著第4章「buy or die 移植医療の経済学」で概説しています。

 ブッシュ・ジュニア大統領の生命倫理顧問でカトリック倫理学者のレオン・カスが「移植臓器に金を出すのは聞いただけでむかつく」と発言したのに対して、「200年前、生命保険は聞いだけでむかつくと非難されたが、今はどうだ。社会の必需品だ」と答えた2012年のノーベル賞経済学賞受賞者アルヴィン 

アルヴィン・エリオット・ロス氏 ・エリオット・ロス氏の話を紹介して講演を終わります。


昨年8月8日から3日間、北海道釧路市の観光国際交流センターで「修復腎移植と渡航移植」などをテーマにした日本生命倫理学会の「第6回釧路生命倫理フォーラム」が開かれ、会長の粟屋剛先生(岡山大学名誉教授、岡山商科大学教授)からの招請で、NPO法人移植への理解を求める会から、顧問の近藤俊文先生(市立宇和島病院名誉院長)と野村正良副理事長が参加しました。

そのなかで近藤先生が講演者の一人として「修復腎移植を巡って」と題し、ご講演されました。その内容を中心に「日本ではなぜ臓器移植が進まないか」として、近藤先生に要旨をまとめていただきました。


「命の贈りものPart3」出版

「ダブル移植の語り部」メインに

一人でも多くの人に移植への理解を深めていただこう-と、えひめ移植者の会が発行してきた小冊子「命の贈りもの」シリーズの3冊目「命の贈りものPart3~ダブル移植の語り部」=写真=が3月1日付で、創風社出版(松山市)から出版されました。 

内容は肝臓と腎臓を相次いで生体移植し、死の淵から生還した当会役員(関東支部長)の橋本英紀さん(東京都在住)と、その肝臓と腎臓を提供したダブルドナーの万紀子さん(同副支部長)ご夫婦の紆余曲折の体験を、妻の万紀子さんがつづった手記「ダブル移植の語り部」をメインとして

います。
 この中で、万紀子さんは進まない日本の移植医療に対する疑問や医療機関の患者に対する在り方にも一石を投じています。
 このほか、修復腎移植の報道、執筆、出版に奔走されてきた作家でフリージャーナリストの高橋幸春さん(東京都)や作家、青山淳平さん(松山市)の寄稿、また愛媛県の臓器移植コーディネーター、篠原嘉一さんによる移植の現状報告などが収録されています。ぜひ皆さんに手にとっていただきたい書です。(創風社出版、700+税)
 なお、出版費用は1冊当たり1,000円+税ですが、多くの人に読んでいただきたいため、定価はサービス価格としています。
 ちなみに、シリーズ1冊目は当会が1993年、松山市で開いた全国レベルの臓器移植シンポジウムの成果をまとめた「命の贈りもの~松山コロキウム~腎移植から多臓器移植へ『臓器移植新時代への展望』」(19951月、創風社出版、1,000円+税)。
 2冊目はカナダで心臓移植を受けた西谷直也さん(当時中学3年生、松山市出身)の母親、紀美子さんが渡航移植の苦労多い体験をつづった手記をメインとした「命の贈りものPart2~輝いて直也」(20076月、同、500円+税)です。どちらも在庫あり。
 問い合わせ、購入申し込みは、えひめ移植者の会事務局の野村(電話090-7626-0240FAX089-978-5434Eメールmasa-0331@sgr.e-catv.ne.jp)、または創風社出版(電話089-953-3153FAX089-953-3103)まで。このほか、購入は最寄りの書店も可です(この場合、注文になります)。

 この中で、万紀子さんは停滞する日本の移植医療に対する疑問や医療機関の患者に対する在り方にも一石を投じています。

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このほか、修復腎移植騒動が始まって以来、その取材、報道、出版に奔走されてきた作家でフリージャーナリストの高橋幸春さん(東京都)やNPO移植への理解を求める会に参加し「小説・修復腎移植」などの出版をされてきた作家、青山淳平さん(松山市)の寄稿、愛媛県の臓器移植コーディネーター、篠原嘉一さんによる移植の現状報告などが収録されています。ぜひ、皆さんに手に取っていただきたい書です。

 今回の出版は当会が発足30周年(当会発足は平成2年4月29日)を迎えたのを記念して計画しましたが、諸般の事情から、当初の予定より1年遅れの出版となりました。

発行部数は1,000部で、700部を当会が、300部を創風社出版が持つことになりました。 

 なお、1冊当たりの出版費用は1,000円超になりますが、より多くの人に読んでいただこうと、700+税のサービス価格としています。

          ◇まない日本の移植医療に対する疑問や医療機関の患者に対する在り方にも一石を投じています。
 このほか、修復腎移植の報道、執筆、出版に奔走されてきた作家でフリージャーナリストの高橋幸春さん(東京都)や作家、青山淳平さん(松山市)の寄稿、また愛媛県の臓器移植コーディネーター、篠原嘉一さんによる移植の現状報告などが収録されています。ぜひ皆さんに手にとっていただきたい書です。(創風社出版、700+税)
 なお、出版費用は1冊当たり1,000円+税ですが、多くの人に読んでいただきたいため、定価はサービス価格としています。
 ちなみに、シリーズ1冊目は当会が1993年、松山市で開いた全国レベルの臓器移植シンポジウムの成果をまとめた「命の贈りもの~松山コロキウム~腎移植から多臓器移植へ『臓器移植新時代への展望』」(19951月、創風社出版、1,000円+税)。
 2冊目はカナダで心臓移植を受けた西谷直也さん(当時中学3年生、松山市出身)の母親、紀美子さんが渡航移植の苦労多い体験をつづった手記をメインとした「命の贈りものPart2~輝いて直也」(20076月、同、500円+税)です。どちらも在庫あり。
 問い合わせ、購入申し込みは、えひめ移植者の会事務局の野村(電話090-7626-0240FAX089-978-5434Eメールmasa-0331@sgr.e-catv.ne.jp)、または創風社出版(電話089-953-3153FAX089-953-3103)まで。このほか、購入は最寄りの書店も可です(この場合、注文になります)。この中で、万紀子さんは進まない日本の移植医療に対する疑問や医療機関の患者に対する在り方にも一石を投じています。
 このほか、修復腎移植の報道、執筆、出版に奔走されてきた作家でフリージャーナリストの高橋幸春さん(東京都)や作家、青山淳平さん(松山市)の寄稿、また愛媛県の臓器移植コーディネーター、篠原嘉一さんによる移植の現状報告などが収録されています。ぜひ皆さんに手にとっていただきたい書です。(創風社出版、700+税)

 ちなみに「命の贈りもの」ちなみに、シリーズ1冊目は当会が1993年、松山市で開いた全国レベルの臓器移植シンポジウムの成果をまとめた「命の贈りもの~松山コロキウム~腎移植から多臓器移植へ『臓器移植新時代への展望』」(19951月、創風社出版、1,000円+税)。
 2冊目はカナダで心臓移植を受けた西谷直也さん(当時中学3年生、松山市出身)の母親、紀美子さんが渡航移植の苦労多い体験をつづった手記をメインとした「命の贈りものPart2~輝いて直也」(20076月、同、500円+税)です。どちらも在庫あり。
 問い合わせ、購入申し込みは、えひめ移植者の会事務局の野村(電話090-7626-0240FAX089-978-5434Eメールmasa-0331@sgr.e-catv.ne.jp)、または創風社出版(電話089-953-3153FAX089-953-3103)まで。このほか、購入は最寄りの書店も可です(この場合、注文になります)。
シリーズの1冊目は、当会が1993年、松山市で開いた全国レベルの臓器移植シンポジウムの成果をまとめた「命の贈りもの~松山コロキウムから腎移植から多臓器移植へ『臓器移植新時代への展望』」(1995年1月、)創風社出版、1000円+税)です。

 2冊目はカナダで心臓移植を受けた西谷直也さん(当時中学3年生、松山市出身)の母親、紀美子さんが渡航移植の苦労多い体験をつづった手記をメインとした「命の贈りものPart2~輝いて直也」(2007年6月、同、500円+税)です。どちらも在庫があります。

 購入、問い合わせは、えひめ移植者の会事務局、野村まで。電話090-7626-0240FAX 089-978-5434

購入は創風社出版(電話089-953-3153FAX089-953-3103)、または最寄りの書店(こちらは注文)でもできます。 


67日 総会と出版祝賀会 いよてつ会館

当会は本年度(第12回)総会を6月7日午前11時から、松山市大街道3丁目の「いよてつ会館」で開きます。また午後1時から、えひめ移植者の会と共催で、顧問の近藤俊文先生(市立宇和島病院名誉院長)のご講演「日本ではなぜ臓器移植が進まないか」と「命の贈りもPart3」の出版祝賀会があります。近藤先生のご講演では、今号でご紹介した内容をより詳しくお話しいただきます。なお、出版祝賀会は参加自由です。

報第33号

(通算49号)2020年

3月25日(水)発行

発行者 NPO法人移植への理解を求める会  理事長 向田 陽二

798-4101愛南町御荘菊川2290    電話085-74-0512

編集者                  副理事長 野村 正良

       〒791-8006松山市安城寺町1746-8    電話089-978-5434

発行所                  事務局長 河野 和博

       〒790-0925松山市鷹子町9282     電話089-970-3943



by shufukujin-kaihou | 2020-04-22 14:29 | NPO会報33号(49号)
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