27.1.10 報告

27.1.10 報告

原告4人目藤村さん死去

          修復腎移植訴訟 透析10年脳梗塞で


ご報告が遅くなりましたが、修復腎移植訴訟の原告団のメンバーで、10年近く透析生活を送っていた広島市の藤村和義さんが、昨年12月15日、3度目の脳梗塞を発症し、入院中の広島市内の病院で亡くなられました。68歳でした。

突然の訃報に驚くとともに「修復腎移植が禁止されなかったら、早い時期に移植を受けて、助かっていたかもしれない」と思うと、本当に悔しく、残念でなりません。

11月下旬に、ご本人から「2度目の脳梗塞で広島県病院に入院した」と電話があり、数日後にお見舞いに駆けつけたばかりでした。その折には、脳梗塞のため、不自由だった右脚だけでなく、左脚もまひし、寝返りもできない状態でした。

訃報は、藤村さんの第二の職場で懇意にしていたという広島市内の友人の方から電話をいただいて、知りました。藤村さんは一人暮らしで、大阪に娘さんらが住んでおられ、17日に家族葬をして、遺骨は大阪に引き取られたそうです。

原告になっていただいた藤村さんには、松山地裁での訴訟が終わるまで5年余りの間、たびたび松山まで足を運んでいただきました。透析生活が長くなるにつれ、徐々に体調が悪化していただけに「しんどい思いだけをさせて、申し訳ありませんでした」と、心の中でおわびしています。

藤村さんが亡くなられたことで、7人の原告のうち透析をしていた4人の方々全員が亡くなられました。他の3人の方々は香川県の長谷川博さん、岐阜県の花岡淳吾さん、宇和島市の二宮美智代さんです。

提訴前に相次いで亡くなられた原告予定者のお2人、広島市の下西由美さんと兵庫県の有末佳弘さんも含めると、「犠牲者」はなんと6人になりました。残った原告はいずれも移植者で、愛媛県の向田陽二さん(NPO法人移植への理解を求める会理事長)と田中早苗さん、私・野村(同副理事長)の3人だけとなりました。

こうした事態をみても分かるように、透析患者の置かれている状況は過酷であり、大きなリスクがつきまとっています。根本的な治療のためには、やはり修復腎移植を含む早期の腎移植が必要であることを示しています。

亡くなられた方々は、修復腎移植が禁止されなかったら、あるいは早期に再開されていたら、全員助かっていたかもしれません。これらの皆さんは、修復腎移植の悪宣伝を行い厚生労働省の禁止方針を誘導したうえ、この8年間、その可能性について一切検討すらせず、修復腎移植つぶしに狂奔してきた学会幹部らに見殺しにされたようなものです。

私たちは、亡くなった方々の悲痛な思いを受け止め、高松高裁での訴訟では、修復腎移植の一日も早い再開のために、被告らが医師の良心を取り戻し、患者の救済を第一に修復腎移植と真剣に向き合うことを、強く訴えたいと思います。

                                 修復腎移植訴訟原告団

                                 団長 野村 正良


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by shufukujin-kaihou | 2015-01-10 10:36 | 27.1.10 報告
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